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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(あ)3844号 判決 1958年12月25日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

東京高等検察庁検事長花井忠の上告趣意について。

論旨第一点は、先ず、原判決は、使用者に専属する生産手段の管理を排除してそれを組合側の実力支配下におく争議手段は、正当な争議行為ではないとする最高裁判所の諸判例と相反する判断をしている旨主張する。しかし、原判決は、本件電源ストは、発電所の水車室、機械室、配電盤室その他堰堤取入口等の電源職場において従業員が一旦発電施設の運行を停止せしめた上その職場を離脱し一定時間労務の提供を拒否することにより一定の減電量の実現を目的とする争議方法である旨、又は、電源職場を単純に離脱するだけでは実効を挙げ得ないから一時発電機の運転を停止して減電量十五パーセント程度を実現確保するため敢て発電施設の操作を停止し若しくは発電停止の準備操作の間一時会社の当該施設を会社側の意思に反して管理する状態に立ち至らしめるに過ぎないものである旨認定、判示しているのであって、必ずしも所論のごとく使用者に専属する生産手段の管理を排除して組合側の実力支配下におく争議手段であるとはいっていない。従って、原判決は、生産管理に関する所論引用の判例と相反する判断をしているものということはできない。

しかしながら、「同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段、方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもってこれを妨害するがごとき行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものである」ことは、当裁判所大法廷のしばしば判示したところである(昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決、民事判例集六巻九号八五七頁以下、昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日大法廷判決、刑事判例集四巻一一号二二五七頁以下、昭和二七年(あ)四七九八号昭和三三年五月二八日大法廷判決参照)。しかるに、本件公訴事実第二の(一)の被告人塩野、同小島兼蔵、同小島信男、同長田、同後藤、同岡田等の本件蔵々発電所放水路排砂門(原判決にいわゆる水路排水門)を開放して用水を関川に放流した積極的な行為、並びに、同(二)の被告人塩野、同小島兼蔵の同所関川本流制水門(原判決にいわゆる本流排砂門)を開放し用水を関川に放流した積極的な行為が、何故に原判示にいわゆる電源職場における従業員の発電施設の運行停止行為又は発電停止の準備操作行為その他被告人等の労働契約上負担する労務供給義務の不履行行為に当るかについては、原判決は何等首肯するに足りる説示を示していないのである。従って、前記本件公訴に係る積極的な行為が正当な争議行為の範囲内にあるか否か不明であるといわなければならない。果して然らば、原判決は、既にこの点で、判決に影響を及ぼすべき理由の不備ないし事実の誤認があって、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものといわざるを得ない。

次に論旨第一点は、原判決は、平和的ピケッティングの限界を逸脱する実力の行使は暴力の行使に該当しない場合においても正当な争議行為ではないとする最高裁判所の諸判例と相反する判断を為している旨主張し、同第二点において事実誤認、法令違反をも主張しているのである。しかし、所論引用の判例は、必ずしも本件に妥当しないばかりでなく、原判決は、これらの判例と相反する判断を示しているわけでもないから、判例違反の主張は採るを得ない。けれども、当裁判所は、論旨第二点(ニ)(ロ)の事実誤認の疑いある旨の主張は、その理由あるものと認める。従って、本件行為は、使用者側の業務遂行行為に対し、暴行、脅迫をもってこれを妨害した場合に当る疑あるものといわなければならない。それ故、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認又は法令違反があって、この点でも原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。

しかのみならず、前記昭和三三年五月二八日の大法廷判決は、前示の引用した判文に引き続き「されば、労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。」と判示している。しかるに、原判決は、判示(三)において、「次に前項(二)掲記の諸証拠によると、電産中央本部は、電源スト実施にあたり会社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停止の準備操作を防ぎ会社の操業を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を期するため発電停止のための操作を実施する間ピケットラインを以て非組合員の現場(当該所要部分の施設)への立入を阻止すると共に翻意するよう説得し、電産組織の威力を示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときは、スクラムを組んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴えず、これを阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときは、そのまま退去する旨の方針を昭和二七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方本部に指示されたのである……ことが認められる。右によって見るときは、本件電源ストにおけるピケッティングも一般のそれと同じく「平和的説得ないし団結の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによって会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止することを認めているのであるが、本件電源ストの性質が上記のようなものである以上その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備操作をするに際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず強引にピケラインを突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段としてその操作実施の時間に限りスクラムによるピケッティングの方法をとることは已むを得ないところとして許容されなければならない旨」判示しているのである。しかし、原判決の右前段の認定によれば、本件電源ストにおけるピケッティングは、説得前すでに非組合員の現場への立入を阻止する目的を以てなされるものであること明白であって、説得行為のごときはその実、名のみに過ぎないものであることを看取するに難くはないのである。にもかかわらず原判決は、前記判示後段のごとく「平和的説得ないし団結の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによって会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止することを認めているのであると判示しているのは、判決理由に喰い違いがあるか又は重大な事実誤認であるといわなければならない。しかも、原判決の認定した事実関係(論旨第二点(ニ)(ロ)の摘録事実参照)の下においても、前記判例にいわゆる諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱し刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない場所に該るものということができる。されば、原判決は、この点でも破棄を免れない。

よって、刑訴四一一条一号、三号、四一三条本文に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

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